2017年1月2日月曜日

岡田に別雷神が鎮座される賀茂皇大神社です。 It is the Kamoko(jinjya) Empire shrine where god is settled in Okada miyaginoku sendai city japan. This god has enough power to tear the thunder. I pray that God "have peace in this village". 人生幾年月を経て、村の鎮守様に初詣をするのは初めてです。 私の祖父は岡田で長く村長を勤め、その退任時に村の人が祖父を称えてここでお祭りをするようになりました。そのお祭りは今でも続いています。 祖父は子ども(私から見れば叔父)に障害者を持ちました。その子が村に出てみんなに迷惑をお掛けしているからと、その子がした事のあやまちを詫びる意味もあり、雑用に近い村長を引き受けていました。 別雷神は雷を分けるくらいの力をもつと聞きました。この村の平安が続きますようにお願いします。 それは祖父の願いでもあります。 賀茂皇大神社 〒983-0003 宮城県仙台市宮城野区岡田明神東1 主祭神は別雷神です。 人皇第55代文徳天皇の御代、今より1160余年前嘉祥年中、慈覚大師が上岡田に来臨、賀茂大明神別雷神を勧請され、その数年前の承和年中、仁明天皇の御代岡田の南東を流れていた冠川(現在の七北田川)沿いの中ノ島に草庵を結び居住していた雪峯行者が日夕禮拝祈念を罩められたという、後年天正年中には龍王院の別當職に任じた時、川島賀茂明神と称したこの東隣、現在の川島邸に持宝院があり不動尊を安置し、道場を設け衆々の修験者を養成したといわれている、龍王院は別當職に在事40余年にして復飾し藤原清信義と改名その後都法印浄眞法師(赤穂享保時代元鶴巻の人)文政年間には明王院融眞権大僧都、その後天保年間には重性院大皷家別當職となり安政5年祝融の難(火災)に逢い本尊及び凡鐘は寺、福寿院に奉納し明治2年神佛混淆(おなじ考え)廃止となり女婿(婿)義輝社掌となり姓を川島と称し明治8年村社に列し宅兆は曩に南福室熊野神社の南舊冠川の畔にあったが明治17年寺院規則改正により岡田福寿院に迂(移)された。明治37年義輝没しその後孫女婿の平三郎が職を継いだが大正5年38才で蚤世した、それより多賀城村八幡神社の宮司菅野亦左エ門兼務する事40余年に及び現在に臻(至)る、以上古老よりの傳聞する所を記す。昭和31年後裔正一殿其後を継げり。昭和31年正月 鈴木久七一閑誌。 #賀茂皇神社 #神社 #鎮守様 #shrine


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